思ってたのと違うなあ

「思ってたのと違うなあ」

と思う瞬間は多々ある。実は、世の中のほとんどのことが、自分が勝手に持っていたイメージや想像と、実際に体験してみた感想に乖離があるものな気がする。そして、この「思ってたのと違う」と感じた回数が、自分の思い込みや固定観念をリアルな体験によって覆した回数なのだと思うと、なんだかこれは、多いほうが良いような気がする。しかし私はどうも最近、「思ってたのと違うなあ」を忘れてしまっていたようで、この前、久しぶりにこの感覚を思い出すことがあって、嬉しくなったので記録しておくことにする。

 

 皆さんは、“日本舞踊”をご存知だろうか。私はこれをついこの間、生まれてはじめて体験してきた。お教室に着いてまず案内されたのは更衣室。浴衣を着るのは実に高校生ぶりだった。帯の締め方をすっかり忘れてしまっていたが、便利な時代でYouTubeにそんな私に優しく着付けを教えてくれるお姉さんの動画があった。ギュギュっと帯を締めまして、ふう、、お腹が苦しいでげす。しかしなにはともあれ、ついに日本舞踊のお稽古体験が始まる!どきんこどきんこ!

  先生と諸先輩方にご挨拶を済ませ、正座待機。まもなく定刻となり先生が話し始めた。

 

先生「皆さん、今日は体験の方がいらっしゃいます。ともえさんは、日本舞踊のお稽古はおありなのかしら?」

私「あ、ないです」

先生「どんなイメージを持ってらっしゃる?」

私「えーと、は、はんなり?たおやめぶり?なんか女性らしい美しいイメージです!」

 

 我ながら偏差値の低そうな回答をしてしまったが、先生は優しい笑みを浮かべて「今日は体験だから、見様見真似で実際に体を動かしてみてね」と言った。そして大きな声で「皆さん、よろしくお願いいたします!」と言うと直後に生徒たちが声を揃えて「よろしくお願いいたします!」と返し、見事に綺麗なお辞儀をした。お辞儀のラインはもちろん、顔を上げるタイミングまで揃っていて、美しい。

 正直、そこまではイメージ通りだった。みんな綺麗にお着物を着て、動作がゆったりとしていて一挙手一投足が丁寧に柔らかい曲線を描く。が、最初の衝撃は準備運動が始まったときになんの前触れもなく訪れる。

「はい、四股踏んでー」

しこ、、、?SHI☆KO??まさかあの四股?四股といえば相撲ではなかろうか。お着物を着たままあんなに大股開きするわけないよね?まさかまさか、、、アハハ

 しかし、その四股で間違いなかった。みんなが一斉に足を開いて腰を落とし、そのまま片足に重心を乗せて、もう片方の足を高く上げたからだ。次の瞬間、ドスン!という音が響き渡る。ちなみに、着物の下にはステテコを履いているので、いやーん生足丸見え!みたいなことにはならないのだけれど、でもなんか、初めて目にする人はびっくりする光景だと思う。あんまり着物の下の肌着って見えちゃうことないし、見せたらまずいものなんじゃないかと思って生きてきたからね。

 しかしながら、恥ずかしがって戸惑っている人間はその空間には私一人きりなわけで。みんなは涼しい顔で当たり前のように四股を踏んでいる。

「そっかあ。日本舞踊って四股、踏むんやなあ」

 と心の声でつぶやいて、私も足を上げてズドン!と四股を踏んでみた。浴衣がはだけるのとか、可愛い浴衣の裾からヨレヨレのステテコが丸見えになるのとか気にせず、ズドン、ズドン!とやりましたよ。ちなみに四股のあとはスクワットもしましたとさ。

 

 ずいぶんと激しめの準備運動を終えた私。日本舞踊には使わない動きだろうになんでこんなことするのやら〜と不思議に思っていた。ところが、その日にお稽古した「松」と呼ばれる練習曲がさらに私の度肝を抜くことになるのです。

 テンポが曲の途中で変わる。それも劇的に。BPM60くらいから一気に130くらいに跳ね上がるのだ。たぶんこれはいわゆる西洋から来ている音楽では例を見ないことだが、どうやら日本舞踊で使われる雅楽ではよくあることなのだそう。ゆったりすり足で移動して、お扇子片手にはんなりポーズをとっていたと思ったら、急に曲調が変わって動きも激しくなる。クルッと回ってお扇子を掲げて、足をシュパシュパ前に後ろに右に左に!ってダンスじゃん!!このスピードで振り覚えるのとか無理ぃー!キィィィィ!

「思ってたのとちげえ!!!!」

 私は胸の内で悲鳴を上げていた。その時初めて「日本舞踊て遅いし動きも少なそうだし、すぐできるようになりそ〜♪」とか舐めていた自分が心のどこかにいたことを自覚し、そいつをぶん殴りたくなった。日本舞踊は速いし、動きも多かった。ちゃんとダンスだった。舞って踊って、動き回っていた。あと中腰の姿勢多いからからスクワットもやっとかな!

 

 気づけば1時間半ほどのお稽古が終わっていた。目が回ってクラクラした。日本舞踊は、思ってたのと違った。思ってたより激しかった。難しかった。それを綺麗に踊れる先生や先輩たちは、すっごいかっこよかった。そんで翌日、私は全身筋肉痛だった。